いじめは犯罪だ!! 町田市立忠生第三小学校・いじめ裁判〔どんと来-い〕
いじめは人が本来持っている、命の尊厳や誇り存在を徹底的に否定する犯罪行為です。町田市忠生第三小学校でも、長年「死ね」「消えろ」の暴言、暴力行為が絶えず、多くの子が傷つき転校していきました。

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裁判所は、小さな司法村・町田市いじめ裁判。最高裁へ特別抗告

裁判所は、国民の味方という幻想は捨てるべきか・・最高裁へ特別抗告


平成20年4月14日付けで、東京高等裁判所から「特別抗告提起通知書」が到達。


特別抗告提起事件番号 平成20年(ラク) 第177号

抗告代理人親権者父 ****様            平成20年4月14日


   東京高等裁判所第2民事部
                     
                      書記官  *********

      特別抗告通知書

   
  抗告人  *******

 当裁判所平成19年(ラ)第1861号 起訴後の証拠保全申立却下決定に対する抗告事件の決定に対して特別抗告の提起がありましたので、民事訴訟規則208条、204条、189条1項により通知します。


*************************************************

***本件いじめ裁判は、2010年3月18日東京地裁立川支部において、和解により終結しました。東京都を除く、町田市他の被告4者は、いじめの事実をみとめ、謝罪し、それぞれが賠償金を支払う。また、原告も和解条項に従い町田市立忠生第三小学校に係る損害賠償事件の当事者の実名を削除することになりました。******

町田市の公立小学校で長年、暴言、暴行、人権侵害が行なわれてきた結果多数の子が深く傷つき転校していった。町田市立忠生第三小学校(校長・***・副校長**)に通っていたわが子も2006年12月初旬非常に危険な状況に追い込まれた。そして、二度と同校へ通えなくなり、転校を余儀なくされた。そんな中で、最後まで、暴行・暴言行為を否認した加害児童の親権者を提訴。多数の加害行為の目撃証言のみならず、学校の暴行・暴言の調査も、加害行為を裏付けるものだった。 

さらに学校を提訴していない段階で、忠生第三小の学校の担任教諭 ***、***、男性教諭(即座に謝罪し、陳謝したので実名は伏す)らは、加害者の親権者並び訴訟代理人弁護士の要請に基づいて、加害児童のわが子に対する加害行為がなかったことを立証するための陳述書を、無断で裁判所に提出。後に、陳述書を提出した教諭ら3人をを地方公務員法守秘義務違反容疑で刑事告訴【東京地検】。


この3人の教諭らが任命権者に無断(この場合は、町田市教育委員会、通常は東京都教育委員会)で、加害者側を擁護する陳述書を裁判所に出しただけではなく、服務監督責任者である教育長***も、2006年9月5日、書面に公印を捺印して「守秘義務違反に当たらず」と回答。虚偽公文書作成の疑いで教育長も刑事告訴。誠実さがないため教育長山田雄三の回答から20日後、学校も提訴。現時点での東京地裁八王子で訴えている被告は、加害行為を行なった児童P1の親権者P1人、教育長ら2人、町田市、東京都の5者。


この年二つの訴訟は、併合された。2006年12月20日、町田市の顧問弁護士の二人のうち一人がご逝去。枝川朝鮮学校退去請求裁判の弁護団長だった新美隆弁護士・・・島根大学法科大学院教授・これは、東京都と朝鮮学校が和解で終結している。新美弁護士は、、第一回の口頭弁論に出廷されたのみ。後は、T弁護士一人のみ。

さて、話を元に戻して、この後、準備書面にて、町田市の訴訟代理人は、自ら作成した加害行為の調査報告書(公文書)について不知と主張する。素人だと思ってばかにした
のだろう。どうせ弁論に入ったら(証拠調べ)立証は困難だろうとの計算だろう。

被告P、被告教育長***らの訴訟代理人、東京都の訴訟代理人らも、加害行為の学校調査書を不知というばかりではなく、内容についても争うと言い出した。原告も、準備書面の中で二回に分けて行なうなど不自然な調査なので、調査の元となった、アンケート用紙、集計表、メモ書きの提出を求める証拠保全の申立を東京地裁八王子に行なった。2007年7月下旬。証拠保全は緊急性があるにもかかわらず・・裁判所はしばらく放置・・そこで、私が裁判長に厳しく問いただすといきなり却下命令・・・その後すかさず抗告する旨をつたえると、今度は、却下命令を取り消す命令書が送付。・・・その後、迅速な証拠保全の実行を促す上申書を提出すると一転して却下の決定。僅か10日間の間に、却下命令が二転三転。これは、準裁判ですから・・10日間のうちに2つの判決が出たようなもの・・こちらも真意が分からず困惑する。

その後、2007年12月3日付けで東京高裁へ、却下の決定の取り消しと地裁への差し戻しを求める抗告を行なう。12月6日の第15回弁論準備期日で次回の弁論準備期日が3月6日と大幅に延伸されるが・・東京高裁は、結論を下さず期日は流れる。ようやく、4月2日付けで、東京高裁も申立棄却の決定。東京高等裁判所第2民事部 受命裁判長寺田逸郎は、証拠保全の理由がない、文書提出命令で十分だろうとの主張。

学校調査報告書の内容について原告、被告とも争っている点や町田市教育委員会管理下で過去に、虚偽報告、証拠の隠滅、破棄が行なわれた主張にたいして何も触れていない。文書提出命令と証拠保全は、法の趣旨が全く違う。これで、証拠保全を認められないとすれば・・学校訴訟において証拠保全は、ほとんど認められないし、今後、10年以上はダメになるだろう。東京高裁の判例は、全国の高等裁判所や地方裁判所の判断を拘束する可能性が極めて高い。どういう事態が起こるか、後日解説する。


証拠保全の理由を詳細に記したが・・あえてその反論を避ける。事実審最後の審理では、あまりにもお粗末。おそまつ過ぎると言ってもよい。東京高裁(裁判所法でいう抗告裁判所)第2民事部の寺田逸郎裁判長は、判事補経験8年足らず・・・後は、法務省のエリート官僚、法務大臣官房司法法制度部長→法務省民事局長等を経て、2007年から東京高等裁判所民事部統括判事・・・東京高裁民事部の顔か・・・やれやれ・・

4月15日、最高裁判所への特別抗告提起書が到達したので、4月16日から2週間以内に、理由書を提出しなければ、特別抗告は棄却される。10日ほどで書き上げる予定。

どちらにしても、裁判の基本(本体)事件は、地裁にある。未だに、弁論に(証拠調べ)に入っていない。更なる証拠保全を申し立てるつもりだが・・・この分では、地裁判決は、早くて来年以降は確実になってきた・・東京地裁八王子は、立川に移転する・・・新しい裁判所で、徹底的に争うしかないか・・・・仮に、控訴審になった場合・・東京高裁。抗告を行なったので同じ裁判官に当たる可能性はなくなったが・・・

とりあえず、最高裁判所の判断を待つしかない・・・・証拠保全一つで、何で最高裁判所までいって争わなくてはならない・これでは、裁判が終了するまで7年から8年間くらいかかるかもしれない。・・・・続きは、16日か17日・・・時間があれば・・・。

15日の続き、特別抗告の理由書の提出期限まで10日間を切った。理由書の完成前に産経・読売・毎日・朝日等の新聞社へ連絡を取る予定。東京高裁第二民事部受命裁判長 寺田逸郎らの為した決定は、人をバカにしている。裁判所に対して文句を言うものに対しては、徹底的に潰していこうとする姿勢を感じた。

民事訴訟法で規定されている証拠保全は、緊急性があり相手方が証拠を隠滅・破棄・改ざんする恐れがある場合、町田市教育委員会は、証拠隠滅の前科が在る。まして公文書の内容まで原告被告が争うという異常事態・・・東京高裁第2民事部の寺田逸郎らは、前記抗告人主張に対して一切触れない。抗告とは、裁判所の命令・決定に対する異議の表明だ。公開されていない以上、抗告人の主張に対して、証拠保全の申立棄却決定の理由を、それぞれの争点ごとに、裁判所の判断を示していかなければならない。裁判長 寺田逸郎らは、非常に卑劣な手法をとってきた・・・真正面からの反論を避け、事実審を終局させた。学校訴訟において証拠保全は、迷惑だ・・どうして正直に主張しない・・・さらに、これまで、絶対的な数は、少ないが・学校訴訟において、弁護士らは、証拠保全の申立を行なってこなかった・・・・・

段々わかってきたことは、裁判所は、裁判官を頂点に、弁護士、検察官らが裁判官の顔色を伺いながら小さな司法村で、真実がどうかより、お互いが商売。
あまり手間隙かけないように審理を進めていきましょう・・・なんて・・暗黙の了解を強く疑っている・・・



東京高等裁判所 第2民事部の寺田逸郎らの棄却理由は、まもなく複数多数ネット上で永遠に流す。もともと検察にしろ、裁判所にしろ、行政組織だ・・・30年以上も前から司法関係者が語っていた「行政訴訟はやるだけ無駄・・」 なるほどと思った・・・カルテの開示(証拠保全)一つを勝ち取るのには、何千という訴訟が提起されたなかで・・無数の理不尽な扱いを受けた患者らが血をむ吐くような思いをして勝取った権利だ・・・しかし、学校訴訟は、あまりにも少なすぎる、学校の高い壁に阻まれて証拠が収集できないのだろう・・・医療裁判も困難だが、学校訴訟は、それ以上に困難だ・・・学校訴訟において、提訴後、証拠保全が行われたのは、私の知る限り過去一度もない。高裁への抗告も一度もない、ました特別抗告は、聞いたことがない。判例もない・・それだけに事実審終局の高裁の責任は非常に大きい・・・

医療・学校訴訟は、正直言って、素人では極めて困難だが・・・それでも、なんとか進むことが出来る・・地裁にしろ、高等裁判所にしろ・面倒な・・言い換えれば裁判所に負担が掛かる事案については、曖昧な処理を進めようとした形跡か伺える・・・東京地裁は、証拠保全の却下命令を二転三転・・これも異常。さらに東京高裁第2民事部 寺田逸郎らは、抗告の申立から棄却の決定まで4ヶ月以上、しかも、高裁の判事一人が地裁の判事へ移動が決定した、翌日の4月2日付けで棄却の決定通知書が特別送達で送られてきた。・・・これは、判事間でなにかあった可能性が極めて高い・私から見れば、左遷に近いような人事ではないか・・・・

裁判長の寺田は、地裁の判事補経験8年足らず・・通常判事補は、簡単な事件以外判決文はかかない。その後、法務省のエリート官僚コース。父親は、第10代最高裁判所長官・・国民審査では不信任率が歴代長官の中では最高の14%を越えている。あまり関心の少ない国民審査の不信任率の中では、これまた異常な高さだ。内閣の法務大臣司法法制度部長(国会でも度々答弁している)から法務省民事局長経て、2007年7月前後から東京高裁統括判事へご栄転か・・・

参考 町田市訴訟代理人  故 新美 隆 弁護士 のご活躍の一端    謹んでご冥福をお祈りいたします。

枝川朝鮮学校訴訟事件 被告 第1準備書面 第8準備書面

http://www.k-jinken.ne.jp/minzokukyoiku/junbishomen.htm
http://kinohana.la.coocan.jp/documents/jyunbi08_000.pdf

経歴・・・・結書房より引用
http://www.yuishobo.com/niimi.html

島根大学法科大学院教授・弁護士 ・・2006年12月20日心不全のためご逝去

1947年4月15日 愛知県生まれ
1972年      東京大学法学部卒業
1972年4月    司法修習生(第26期)名古屋修習
1974年      弁護士登録(東京弁護士会)
1975年      新橋法律事務所開設
1987年?88年  東京経済大学非常勤講師
1989年?91年  和光大学非常勤講師
1986年? 現在  町田市法律相談担当、顧問弁護士
2004年4月?   島根大学法科大学院教授(公法、国際法担当)

新美弁護士が担当された主な事件

4・27反戦自衛官懲戒免職事件

  指紋押捺拒否事件

  永山則夫連続射殺事件

  中国人強制連行・花岡裁判

  在日軍属援護拒否取消請求訴訟
  オランダ民間抑留者賠償請求訴訟
  イギリス・アメリカ・オーストラリア・ニュージーランドPOW賠償訴訟

  中国人強制連行・西松建設裁判(最高裁係属中)
  東京都保健婦管理職受験拒否訴訟

  枝川朝鮮学校裁判(東京地裁係属中)

その他

  アジア人権基金理事
  NPO花岡平和友好記念会(秋田県大館市)理事
  花岡平和友好基金運営委員会(北京)運営委員


今回の平成19年(ラ)第1861号 起訴後の証拠保全申立て却下決定に対する抗告事件

東京高等裁判所 第2民事部 受命裁判官は、以下の通り


        裁判長 寺田逸郎

        裁判官 辻 次郎

        裁判官 森 一岳 新潟地裁統括判事へ

***通常は高裁判事から高裁判事へ、地裁裁判所長への移動が通例だと思うのですが****私は、弁護士ではありません。また法律の専門家でもありません。今回の棄却理由が、素人の私でも、棄却理由がどこか正面からの反論を避けている・・不自然さを感じたので裁判官の経歴を調べさせていただいただけの話です。失礼があればお許しを・・但し、この棄却理由は記録として永遠に残ります。判例時報等には残したくないかも・・・・。



このうち、裁判長の寺田逸郎氏は、法務省民事局長から2007年7月前後東京高裁民事部の統括裁判官に任命されている。また、周知のように、この方は、最高裁判所長官をされていた寺田治朗氏のご長男。経歴はウィキペディアによると以下の通り



東京都出身。都立日比谷、東京大学法学部卒業。

1972年  司法修習生

1974年 東京地方裁判所判事補任官。

1977年 札幌地方裁判所・札幌家庭裁判所判事補

1980年 大阪地方裁判所判事補

1981年 民事局法務省付

1985年 駐オランダ大使館一等書記官

1988年 法務省民事局参事官

1992年 民事局第四課長 →1993年 民事局第三課長 →後民事局第一課長を1998年 法務省秘書課長→司法法制部長

2005年 法務省民事局長

2007年 東京高等裁判所民事部総括判事(第2民事部)

法務省に勤務している「赤レンガ組」の一人で20年以上もの本省

でのキャリアがある。「ミスター法務省」とも呼ばれる。

まだ、マスコミには、一切流していないので、無関係とはいえ、こ

のブログに目を通された方がはじめて、この事実関係を知る事になると思います。いずれ、特別抗告を行った時、マスコミには、お伝えするつもりです
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【2008/04/20 02:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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